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「否、そのような表現は適切では無いな。」

「そう、それは余りに短絡的な発想であって」

「非常に、ナンセンスだ」


認める訳にはいかなかった。
認めてしまってはいけない気がした。
―――――道に迷った、などとは。



「大体、ハァ・・これは果たして・・ゼェ・・道なのか?」
男は山道に落ちていた木の枝を杖代わりに、重い足を引き摺りながら呟く。
腕を捲られたワイシャツ、完全に解けてしまっているネクタイ、暑そうなベスト。
山登りに全く不向きなその格好も問題といえば問題だが、
一番の問題は己の体力の無さだ。
不健康な生活を続けていた自分が恨めしい。

無論、元々は馬車を走らせていたのだ。
然し当然ながら狭い山道を走れる訳も無く、渋々馬車を降り こうして歩いている。
目的地を漠然としか知らぬ儘に遣って来たのがそもそもの間違いだった。
男は一つ大きな溜息を漏らすと、一枚の手紙を取り出すと文面へと目を落とした。



『―――暫くの間、里へ帰ることにする。土産を楽しみにしておれ』
これが届いたのが数日前。以来何の音沙汰も無い。
もしかすると何か事故にでも巻き込まれたのでは?

心配性だと笑われるかもしれない。
過保護だと呆れられるかもしれない。
ただ、じっとしていられなかった。それだけだ。


大きな岩場に腰を下ろすと、乱れた呼吸を正すためにゆっくりと瞼を閉じる。
辺りはしんと静まり返り、生物の気配も感じられない。
そこで、ふと不安が過る。
迎えに行くどころか、自分が遭難してしまうのでは無いか?

「・・・弱ったな。実に弱った」
ひょっとすると行き違いになっているかもしれない。
急いで城を飛び出したので共も連れていない。
本格的にまずいことになった、と男は項垂れる。



ふと、白い影が横切る。
慌てて視線を上げると、一羽の白い小鳥が視界へ入ってきた。
「お前は・・・もしかすると」
腰を上げて近づこうとすると、小鳥は小さく羽ばたき、此方の様子を伺う。
まるで付いて来いと、そう言っているように。



小鳥に誘われるまま歩みを進めること数分、急に開けた場所に辿りついた。
一面の花畑、豊かな緑、静かに歌う小動物。
息を呑む程美しい「自然」に、男は目を奪われた。
白い小鳥は男の姿を確認すると、今度は大きく羽ばたき空を舞う。
陽の光に目を眩ませながらもその姿を目で追うと、
美しい花が咲く大木が、其処にあった。

大木の前で佇む人影を目で捉えると、今度は確信を持って歩みを進めた。


「・・・何という格好をしておるのじゃ」
呆れたように、けれど優しく微笑むその影に安堵しながら。


「土産だが、新しい服を一着戴きたい」
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