城主は困惑していた。
目前には桃色の小瓶。
中には微量の液体が入っている。
それだけなら、それだけならばまだしも。
その小瓶を笑顔で差し出しているのはトラブルメーカーである黒猫。
こいつが持って来たものがまともな品であろう筈もない。
「どうしたのミスター?早く飲んで飲んで!
ミスターのぉ~!ちょっといいとこ見てみたいっ!
ほらイッキ!イッキ!」
満面の笑顔で施すあたり益々怪しい。
丁度一年程前の記憶が蘇る。
顔から血の気が引いて行くのが自分でも感じて取れた。
「ふっ、お馬鹿さんだね。
これ程あからさまな罠に引っ掛かるものか。
断固として 拒 否 する!」
城主は頑としてその薬を飲む気はないようだ。
黒猫は不機嫌そうに頬を膨らませる。
「そ?要らないのね!じゃーあたしが飲むからいいもん。
ちなみにこれは伯のお爺ちゃんがミスターの為に作ってくれた秘薬なんだよね。
自分のなりたい姿を思い浮かべながら飲むとその通りに変化出来るとかいうすごい薬なんだよね。
今を逃したら入手は困難なんだよね。
あれ?ミスターどうしたの?ププッ、ミスター要らないんでしょ?」
初めはやたらに説明臭い黒猫の言葉に顔をしかめていた城主だったが、
段々と身を乗り出し目を輝かせた。
流石通信販売で怪しげなブレスレットを購入した男なだけはある。
けれど一応未だ不信感は拭い去れないらしく、添付されている説明書に目を通す。
どうやら黒猫が言ったことに相違は無いようだ。
「折角翁殿が俺の為に作成してくれた品だ。
俺が戴かなければ礼儀を欠くことになってしまうだろう。」
あっさりと丸め込まれてしまった城主は、心を躍らせながら小瓶を手に取った。
目指すはガチムチ筋肉ボディ。
某処での自身の評価を[筋肉★★★][肉体美★★★][漢★★★]に修正させてやる、と意気込んだ。
そして善は急げ、とばかりに薬を口へと運び――――
「っていうのは嘘でぇー♪ホントは性転換薬なんだよねぇー♪」
「!!!!????!?!?」
――――――――飲み込んだ。
「ぶっ・・・ぶふふふっ・・・なーんちゃって!
ホントは本当に最初言った通りの薬なんでしたっ!
ぷくく・・ミスターどうしたの?まさかそんな変身願望があったなんてビックリしちゃった!」
薬を飲み込む寸前に黒猫の発した言葉。
それに反応して頭に思い浮かべたのは忌まわしき記憶だった。
――――去年の夏、女性へと姿を変えてしまったあの時のことを――――
「有り得ない!有り得ない本当に有り得ない!」
「むふふーv効果は長く続かないらしいから、ドンマイ★」
「あほか!お前は本当にあほだろう!」
8月末まで効果は続くようだ。